吉川ばんびのブログ

20代後半の私による私のためのブログです。

私には子どもを幸せにできるだろうか

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最近、ずっと考えていることがある。

 

私の昔からの夢はひとつだけで、普通でいいから、平凡でいいから、幸せな家庭をつくることだった。

 

将来の私にも、将来私の夫になる人にも、できるだけ好きなこと(仕事)をして生きてほしい。正社員じゃなくてもいいし、そもそも雇用されている必要もない。お金なんて、生活していけるぶんだけ稼げればいい。

 

「ああ、あのときこうしとけばよかった」「もっと挑戦していればよかった」とか、死ぬときに後悔しない生き方をしてくれればそれでいい。

 

そして何より、いつか2人の間にできるかもしれない子どもには、なるべく悲しい思いはしてほしくない。誰かによって理不尽で、狡くて、不公平な目に遭わされてほしくないし、もしもそんなことがあれば、絶対に味方でいてあげたいと思っていて。

 

今年の夏までくらいかな。夏までは、そんな風に思って生きてきた。

 

でも今は、そんなふうに思えなくなった。色々理由はあるんだけれど、簡単にまとめるとこう。

 

・実家の家庭内暴力(兄によるもの)が15年以上解決しておらず、母と私にトラウマによる精神疾患がある。子どもに与える影響を懸念している。

 

・遺伝性精神疾患の可能性があると診断された(子どもが発症する可能性は7〜8割)。

 

・「いつか子どもが家庭内暴力を起こしたら?また同じ苦しみを味わうことになったら?」という強迫観念に捉われている。

 

こんな状態で、子どもを幸せにしてあげられるだろうか。

 

もし生まれた子どもに病気が遺伝して、私と同じように苦しむことになったら?

 

子どもの頃から、ほしくてほしくて仕方がなかった自分の家族。でも、「私が生んだ子が、私のせいで不幸せになったら?」と思うと、「子どもを生みたい」と簡単に言えなくなってしまった。

 

子どもの頃、家ではいつもひとりでごはんを食べるのが普通だった。そのせいか、食べている姿を誰かに見られることが恥ずかしくて、学校の昼食の時間がとにかく苦痛だった。

 

毎日いつ殴られるか分からなかったから、家に帰るのが怖かった。兄から「今すぐ帰ってこないとお前、殺してやるからな」と怒鳴りながら電話がかかってきて、学校を早退して家に帰ると、兄の気が済むまで殴られることもあった。理由は、「イライラしていたからストレスを発散したかった」とか、そんなことだったと思う。

 

一番辛かったことは、母が兄に殴られるのを見ることと、母が「死にたい」と言いながら泣くことだった。母を殴るのをやめさせようとして兄に掴みかかるとき、身体中が恐怖で震えた。大の男に力で叶うはずもなく、私の抵抗は無駄に終わった。

 

今でも、そのときのことを夢に見る。拳を固くにぎって殴りかかるのだけれど、恐怖でうまく体が動かない夢を見る。

 

私は、そんな家庭で育った。だから、幸せな家庭がほしかったんだと思う。「自分の理想の家族」に執着して、それを実現しようとしていたんだと思う。

 

でも、それって私のエゴなんじゃないか。生まれてくる子どもにまで、私の身勝手な不幸を押し付けてしまうことにならないんだろうか。

 

世の中には、私なんかよりもっとひどい環境で育った人もきっとたくさんいる。彼らは、自分の家族を持って、今、どう思っているんだろう。毎日、幸せに暮らせているだろうか。

 

もしかすると、私は臆病で、考えすぎなのかもしれない。

 

でも、親の精神状態は、間違いなく子どもに影響すると私は思っている。

 

子どもには何の罪もない。

 

私の生まれ育った環境や弱さのせいで、不幸になる義務なんて絶対にない。

 

今、私は私なりに幸せだ。

 

でも、私には、子どもを幸せにできるだろうか。

 

そのことだけが、夏のはじめからずっと、頭を離れない。